大学生による「バウンドする伝播のネットワーク」の事例分析1:
ハロウィン
「伝播のネットワーク」の例として、世界各地で行われる祝祭、ハロウィンをあげたい。
ハロウィンは、古代ケルト民族のドルイド教におけるサムヘイン祭を起源とする[1]。古代ケルトでは11月1日が新年とされており、それを祝してケルト語で「夏の終わり」を意味するサムヘイン祭が行われていた。そして1年の終わりにあたるその前夜には、現世と死後の世界がつながり先祖の霊が家族のもとへ戻ってくると信じられていた。しかし同時に悪霊もやってくるとされ、祖霊の供養と悪霊退散の意味を込め10月31日を「サマンの前夜祭」として、当日ではなくその前夜に祭りを行っていた。そこでは収穫した農作物を供え、魔除けとして火を焚き、魔物に似た仮面を被って身を守った[2]。このようなハロウィンの歴史は2000年前まで遡る[3]。
そして、この古代ケルトの信仰や儀式が一つ目の閾値をむかえるのは、9世紀頃である。キリスト教会は、ドルイド教の迷信を廃止したうえでこのサムヘイン祭をキリスト教の祝祭へ改めるため、「万聖節(11月1日:キリスト教の諸聖人の功績をたたえる祝日)」とした。その前夜祭である10月31日は、キリスト教の諸聖人を意味する「All Hallows」から「Halloween (All Hallow’s Eveのケルト訛)」と呼ばれるようになった。このようなキリスト教によるドルイド教の伝統の刷新により、ハロウィンは一つの閾値を超えた。キリスト教という大きな宗教に取り込まれたことは「新たな伝播を誘発する決定的な刷新」であったといえる。また11世紀には、11月2日を死者の霊を敬う「万霊節」と定め、人々はその魂に祈りを捧げ、ソウル・ケーキを求め家々を訪問する習慣が始まった。
二つ目の閾値は、アメリカへの上陸である。1840年代のアイルランド移民の急増が契機となり、アイルランドを中心とするハロウィンの習慣がアメリカ社会に浸透していった[4]。ここでは移民という物質的な媒介によって、大陸を越えたバウンドが起きている。そして19世紀後半には、ハロウィンの夜に妖精たちが悪戯をするというケルト伝説に則し乱暴な悪戯が行われたが、20世紀には子供たちが魔女や幽霊などに仮装するハロウィンが主流となった。そこでお菓子をもらうために家々を廻り、「トリック・オア・トリート」の習慣が根付いていった。つまり、アメリカへの上陸によって現在のハロウィンの文化が形成されたのである。ハロウィンは宗教的観念から切り離され(翻訳のプロセス1)、家々への訪問と仮装が取り入れられ(プロセス2)、その主要な目的や対象がお菓子や子供へと変わり(プロセス3)、アメリカ発祥のイベントとしてキリスト教のハロウィンとは「文化的境界線」が引かれ(プロセス4)、世界に広まった。それゆえ、ここでは社会的転向が起こったといえる。
さらに、カボチャがハロウィンの象徴となったのもアメリカが始まりであった。ハロウィンの夜、くり抜いたカブにロウソクを入れてランプにする「ジャック・オ・ランタン」という中世ヨーロッパにおける習慣が、アイルランド移民によってアメリカに持ち込まれた。しかし当時カブが栽培されていなかったため、生産量が多かったカボチャが用いられた。現代ヨーロッパではこの習慣はほとんど見られなくなったが、アメリカにおいてカボチャのランタンがハロウィンの象徴として定着していった。これも一種の社会的転向である。
三つ目の閾値は、世界各地への広がりである。現在、アメリカだけでなく世界の様々な国でハロウィンが祝われている。そして地域によってそれぞれの位置づけがされている。
興味深いことに、ヨーロッパにおいてはハロウィンの逆輸入がみられる。イギリスでは、子供が家々を訪問し硬貨をもらう、ハロウィンに類似した習慣が残っている[5]。しかしハロウィンにおける商業競争が活発になるとともに、ヨーロッパにもハロウィンが浸透していった[6]。また、ユダヤ人の間では過激な仮装や夜遅くのイベントは青少年への悪影響であるという文化的抵抗がみられる。
さらに文化的抵抗は、発祥地であるアメリカでもみられる。キリスト教の右派は、本来はキリスト教の祝祭であるため、魔女などとの結びつけを呪しきことであると批判している[7]。しかしそのキリスト教の祝祭もまた、古代ケルト民族の伝統の刷新であり、実際に悪霊と関連のある儀式だったということは皮肉的である。
メキシコでは11月1日を「死者の日」として祝い、前夜祭として10月31日の夜、生者の世界に戻ってくる先祖の霊のため墓の手入れや装飾をし、1日にはお菓子を持ってお墓へ向かう[8]。これはハロウィンとは異なり、古代ケルト民族の習慣やキリスト教の万聖節と万霊節に基づいたものである[9]。しかし近年ハロウィンがメキシコで広まっていることは、伝統的な「死者の日」との競合といえる[10]。また、ある種の文化的抵抗であるといえる。
日本では、時期は異なるがハロウィンの起源となったキリスト教の祝祭とよく似る「お盆」があるために、ハロウィンに家々を廻るというような習慣までは定着しなかったと考えられる。
このようにして、三つの閾値を超え、現在ハロウィンは世界各地で宗教的な意味を伴わず、基本的には仮装やパーティーを楽しむイベントとして広まっている。
参考文献
関口英里「エンターテイメントとしての祝祭空間——ハロウィン分析を通して見るアメリカ社会——」『同志社女子學學術研究年報』54(1)、2003、123-146頁。
森谷美香「ハロウィンのこと、正しく理解していますか——知ればきっとタメになる蘊蓄100章——」『東洋経済ONLINE』(https://toyokeizai.net/articles/-/86092 閲覧日:2020年11月29日)
TORJA編集部「『Halloween: From Pagan Ritual to Party Night』著者、ヨーク大学教授Nicholas Rogers氏に聞く、ハロウィンの成り立ち、カナダや日本、世界各国のハロウィンについて。」『TORJA TORONTO+JAPAN MAGAZINE』、(https://torja.ca/nicholas-rogers/ 閲覧日:2020年11月29日)
佐々木陽子「日墨比較をとおしてみる墓前飲食の『お供え』の類似と差異」『福祉社会学部論集』35(1)、2016、1-14頁。
[1] ハロウィンの起源については、関口英里、2003、124-125頁を参照。
[2] 森谷美香、1頁。
[3] 同上、1頁。
[4] アメリカにおけるハロウィンの受容と発展については、関口英里、2003、125-126頁を参照。
[5]同上、126頁。
[6] ハロウィンとヨーロッパ社会やユダヤ人の関係ついては、TORJA編集部「『Halloween: From Pagan Ritual to Party Night』著者、ヨーク大学教授Nicholas Rogers氏に聞く、ハロウィンの成り立ち、カナダや日本、世界各国のハロウィンについて。」『TORJA TORONTO+JAPAN MAGAZINE』、(https://torja.ca/nicholas-rogers/ 閲覧日:2020年11月29日)、「世界のハロウィン」を参照。
[7] 同上、「世界のハロウィン」から。
[8] 同上、「世界のハロウィン」から。
[9] 佐々木陽子、2016、8頁。
[10] 同上、8頁。
コメント:「バウンドする伝播のネットワーク」の主要概念をほぼすべて使って書かれた唯一のレポートでした。緻密な立論をしてくれたので、さらに議論を深めることができます。
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