ウラジーミルのヘルソン攻略―バイキング―
【寸評】
じつはバイキング映画ではないとも評される『バイキング 誇り高き戦士たち』(アンドレイ・クラフチュク監督、露、2018年)を観る。
中世肉弾バトルものかと思って観たらスペクタクル史劇だった。
受験時代に詳説世界史ノート?に書き込んで学んだ記憶があるノヴゴロドのリューリクから何世代かあとの10世紀後半、ウラジーミル1世が主人公。リューリクは血みどろの争いが絶えないルーシから王になるよう招かれたバイキングの一人と伝えられるが、ルーシの内在的発展に着目する歴史学者からは存在を疑問視する意見もあるそうだ。ルーシ史モノにバイキングと題名つけるのはかなり攻めてるということなのだろうか。日本でいえばどんな題名つける感じなのか。実際はバイキングを連れて帰ってきたウラジーミルがルーシを統一する話だが、ウラジーミルが子供のとき船のおもちゃで遊んでたり、随所にバイキング要素は散りばめられていて、何かをほのめかそうとしているのかもわからない。映像美とカメラワークが凝っていて、ナレーションも重厚で大作の風格があり、たしかすごく有名な作品なんだそうだ。ただトーテムポールみたいなのを信仰している段階の場面は画面が暗く重々しくて、ガンジス川みたいなところで一斉に沐浴しキリスト教に改宗するところは明るく神々しい光に満ちているので、コントラストすごくて笑ってしまう。カメラに補正機能ついてないのか、というくらい手ブレする感じのカメラワークで、没入感はあるかもしれない。
以下途中までの内容紹介。
冒頭、勇猛な王族オレーグの部隊がものすごく美しい雪の森のなかで大きな動物と遭遇し、これを命懸けで仕留めかかったところでこの獲物を横取りされそうになり、怒ったオレーグがそいつを殺してしまう。そいつはキエフ(キーウ。今後キーウ公国とかになるのか)を支配する兄ヤロポルクの臣下で、森のすぐそばにいたヤロポルクの軍勢に追われ、ポロツクの町に逃げ込んでもんどりうって事故死してしまう。父王スヴァトスラフの家来で子のオレーグに仕えていたナレーションの人が重厚な声で語る形でストーリーが進む。
バイキングのもとにいたウラジーミル(ヤロポルクとオレーグの弟)が軍勢を引き連れてポロツクにやってきて、敵対した大公夫妻を殺害して自分を奴隷の子と罵った大公の娘を無理やり妻にする。この辺はお酒が入っている設定なのか暗くてグラグラする画面のため何が起きているのかよく分からない。ニルヴァーナのメンバーみたいな風体のウラジーミルはいつも出自を罵られていて、名門クラブに所属しながらヘイトに苦しむ外国人選手みたいな感じだが、強運と人の良さから戦を通じて徐々にカリスマ的な力をつけていく。その様がウラジーミルに仕えることにしたナレーションの人によって語られる。
ウラジーミルはいつもうじうじして泣いたりするが時々果敢になったりするよく分からない人格だが、軍師となったナレーションの人の導きもあり、キエフに軍勢を連れやって来てすったもんだの末、(ナレーションの人にとって)憎きヤロポルクを殺してウラジーミルがルーシの王となる。このときもウラジーミルはめそめそうじうじしながら急にオラーとなる。麻生太郎ならやらせてみたらそこそこやるじゃねーか、と言いそう。
ヤロポルクの家来が逃げて遊牧民ペチェネグをそそのかして攻めてくる。キエフに立て籠ったウラジーミルはなかなかうまくやり、徐々にサポーターを味方につけ、女性ファンも増えていく。キエフ籠城戦のとき、ついにベルセルクを使うときが来た、と言って熊のかぶりものの大男が出てきて大活躍する。こいつは鎧もつけずに、逃げたふりをして取り囲む戦法のペチェネグ軍に突っ込んでやられる。
その後、ローマの使者が来て、贈り物の金の皿に描かれている皇帝の妹と結婚させろとウラジーミルが要求し(そう要求するに至る伏線も描かれてあるが)、その条件として黒海に面する美しい町ヘルソンを攻略へ向かうこととなる。
ウラジーミルがヘルソンを陥落させるとか、色々連想させるものがある。(2022年9月2日投稿)
【関連世界史用語】
ウラジーミル1世、キエフ大公国、リューリク朝、ノルマン人、スラブ人、ペチェネグ、東ローマ(ビザンツ)
【分析】
この映画の主人公は、そもそも出自があいまいである。出自のあいまいさによる葛藤や苦悩を描くことがこの映画自体のテーマなのである。バイキングという本映画のタイトルは、ロシアにキリスト教を導入したロシアの民族的英雄の出自の複雑さを物語る。それは国の始祖ともいうべきリューリクが一説ではスウェーデンのバイキングに出自をもつという、ロシアという国の起源の複雑さをも象徴している。
ロシア最古の年代記『過ぎし年月の物語』(『ロシア原初年代記』)によれば、内紛の絶えなかったロシア諸族は862年に海の向こうのヴァリャーギのルーシに使者を送り、彼らを統治してくれるよう頼み、これに応じてリューリクら三兄弟がやってきてロシアを統治したという。「海の向こう」の海はバルト海で、「ヴァリャーギのルーシ」とはスカンジナヴィア半島方面からきたノルマン系の人々のことである(栗生沢猛夫『図説 ロシアの歴史』河出書房新社、2014、増補新装版、18~19頁)。
さらに言えば、21世紀の今のロシアが置かれている状況、つまり、ルーシの地に国の起源をもとめながら、ルーシの地にあるウクライナを自己の一部とするのか、それとも、完全に他者となってしまうのを認めるのか、という国際情勢を暗示しているかのようである。
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